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2024.05.06 - 
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それはさながら眩暈のような

2010.10.04 - 二次:日和文

鬼男くんにメロメロな閻魔と閻魔にメロメロな鬼男くんの話です。(説明がひどい)
個人的に天国は遣隋使とか細道の二人よりも依存関係が強そう。
鬼男くんは無意識かつ無自覚な依存で、閻魔は無意識に近いけどこれは愛じゃなく恋でもなく依存だとある程度自覚がある感じ。
素敵な恋と言うよりは依存。けど二人とも互いを好きでもあるから単なる依存でなく、愛+依存。的な。
……よく分からなくなってまいりました(馬鹿め


※Attention
・閻鬼
・ちょっとした造語(?)有
・相思相愛と言うより相互依存と言う色合いかも知れない
・シリアス風味
・直接的ではないが行為を思わせるぎりぎりの表現、単語有
⇒ぎりぎりなのであえて裏有表記はしていません。悪しからず。




以上の事が話の中にあっても大丈夫と言う方は、続きより。


 


吹きこんでくる風が、くたびれた毛布越しでもしっかり肌を刺していく。寒い、と無意識に漏れた声は喉に絡みつき、掠れた低さを淀んだ部屋に落とした。
いつから窓を開けていただろう。そんなことをぼんやり思いながら寝台に手をつき、気だるいからだを起こす。少しばかり汗のにおいがするそこから起きて辺りを見回せば、視界に飛び込んできたのは、クローゼットの横でぽこんぽこんと妙な物体を吐き出す照明だった。
……ああ、そうだ。ここは大王の。
未だ覚醒しきらない意識のまま、しかしそれだけは確認する。
するりと毛布が滑る肩は普段の官服こそ羽織ってはいるが、裸の胸には吹き抜ける風が少々冷たい。鬼男は一度からだを震わせ、のろのろと官服の前を閉めると、未だ後ろ髪を引く毛布のぬくもりを断ち切るように天蓋をめくりあげた。
すぐに視界へ飛び込んできたキャストの上には、昨日焚いていたらしい香炉から申し訳程度に煙がたゆたっている。床に目を落とせば、転がる酒瓶も見えた。
「おそよう鬼男くん」
同じく寝起きそのままの低さが、不意に耳の奥へ落ちる。ふ、と視線をあげれば、器用にも窓べりへ座って暗雲立ち込める外を見ていたらしい閻魔と目があった。「昨夜はお楽しみでしたね」
「?」
「なんだ、覚えてないの?」
「……昨夜…」
「俺が君を部屋に招いて酒盛りして、酒が入ったノリでそのままセックスしたの」
「あぁ、お酒が入ったノリでセッ…っ…?!」
ぼんやりと閻魔を捕えていた灰色の双眸が、不意に零れるほど見開かれる。ぱくぱくと、まるで空気を求めるかのように唇が動き、頬が打たれたように赤くなっていく。
閻魔は鬼男が昨夜のことを思い出して急激な羞恥に赤面するのを目の当たりにして、愛しさと、ころころ変わる表情への面白さに出かける笑いを必死に噛み殺さなくてはならなかった。これ以上言ったらベッドに転がった酒瓶でも飛んできそうだな、そう思いながら、更に先を口にした。
「いやー、鬼男くんたらすっごく激しかったよねぇ。普段の姿からじゃ想像できないくらいに可愛く乱れてくれちゃったしたっぷり濃いの出してくれたし。特に何がそそるって、お酒が入ったノリか知らないけど寝転んだ俺に馬乗りになって大王はやく突……おっと危ない」
予想通りの軌道で飛んできた酒瓶を器用に避け、ひとに向かって物投げちゃいけないって教わったでしょうがもー、と閻魔はけらけら笑う。
その視線の先には、打たれたを通り越して茹であがったような顔の鬼男が、涙目になって睨みつけている姿があった。
「こっ、のイカゲゾ野郎!歩く18禁!なんでわざわざ思い出させるんだよ…っ!」
「君が覚えてなさげだったから根絶丁寧に一から説明してあげたのに酒瓶がお礼ってのは激しくなぁい?」
「いらねえよそんなもん!」
「はいはい、ごめんごめん。それより起きたならこっちおいでよ」
ちょいちょいと、窓べりに座る閻魔が手招きする。しばらくじっとり睨んでいた鬼男はしかし、このまま寝台にいても埒があかないと悟ったのだろう。おとなしく床へ下りた。
閻魔の部屋の床は赤い絨毯が寝台の周りに敷かれているものの、窓際は磨かれた大理石だ。外の冷え切った空気に(どれほどかは分からないが)晒されていたそこは、素足を乗せると凍りつくように冷たかった。
思わずぞわりと総毛立つからだを抱くようにしながら閻魔の傍に寄れば、鬼男を呼び寄せた当の本人は凝っと遠くを伺うように見ているばかりで、こちらに視線を寄越そうともしない。
自分を無視してまで見る景色はそんなにいいものか。鬼男も倣って外へ視線を投げるが、そこにはただ重く垂れこめて晴れることなどあるのかと疑問に思うくらいの空と、味気ない灰色の大地が広がっているばかりである。
たまに巡回に行く天国とは大違いだ。
匂い立つ天国の姿を、そこに漂うなんとも言えず甘い香りをふと思い出しながら、鬼男はそっと目を伏せた。
閻魔庁はその位置を、どちらかと言うと地獄の方へ近いところに置かれている。天国寄りにあればもっと緑豊かな場所だったかも知れないね、とはこの世界の王たる閻魔本人の言だが、鬼男は以前その閻魔が天国など好きではないと独りごちていたのを耳にしたことがあった。
曰く、天国は眩しい。暖かくてやわらかい。明日をどのように迎えるか、過ぎた日も実にいいものであったと清々しく振りかえられるような希望に満ち溢れている。その雰囲気が、まるで己を嘲笑しているかのようで、虫唾が走るのだと。
とは言えその嫌悪を吐き出したのも一瞬のことで、すぐさま、さて天国にいるともだちにでも会いに行くかなぁと休憩時間にふらりと表に出ていったのだが、それでも閻魔庁の外は酷い吹雪だったのを鬼男は昨日のように思い出していた。
(大王は顔で笑顔を繕っていても、そのこころをそのまま映す鏡である閻魔庁周辺の天候まで隠せないと、そういうことなのだろう)
「ねえ、鬼男くん」
ふと、沈みかけていた意識をぐいとひくものがある。
気がつけばいつの間にか閻魔がじっとこちらを見ていて、思わず飛び出しかけた声を呑み込む羽目になったのは言うまでもなかった。
「なんですか」
「ここから飛び降りたら死ねると思う?」
「は?」
閻魔の表情に思いつめたものはない。むしろ、買い物にでもいこうかと誘うような気軽さでそんな突拍子もないことを言うものだから、この人の気まぐれには慣れていると自負する鬼男も流石に唖然とした。
「そんな“何言ってんだこのイカは”みたいな顔しなくても」
「心を読むな。て言うか、分かっててそんなこと聞いたんですか」
肩を竦めながら言う閻魔を軽く睨み、鬼男はふっと窓の下を覗き込む。
閻魔の部屋から外を見たことは何度かあったが、普段見ない窓の真下の光景は鬼男も初めて目にするものだった。
一言で表すなら、それは無だ。
遠くの方には灰色の山々や大地が茫洋と広がっているが、真下には何もない。ぽっかりと暗闇が口をあけていて、その中から(耳をよく澄ませば、だが)かろうじて亡者らしきものどもの嘆きが聞こえる他には、音という音も聞こえない。
こんな谷底なのだからその声を呑み込む程度でも風の吹き込む音なり聞こえてもおかしくないはずだが、その昏い中にあっては音さえも殺されてしまうのだろう。
覗きこむその場所の底は見えない。灰色の大地すら見えない。ゆえにどこまで落ちていくかもわからない。
そのような場所へ飛び降りたらなどと考えるだけで身の毛がよだつような気さえした。それでも閻魔はあくまで穏やかに…どこか乞うように…窓の外を眺めながら、もう一度同じ言葉を口にした。
「死ねるかな。俺は」
「バカなこと言うのは止めてください」
胸の内を悟られまいと、誤魔化すようにため息をついた。
今発した言葉は震えていなかっただろうか。
自分の内についた不安の火を悟られはしなかっただろうか。
そんなことを考える鬼男の目は、とうの昔に窓の下から離れ、代わりに部屋の中へと向けられていた。
香炉の煙は風に攫われてしまい、もう吐き出されることはない。あのどこか甘ったるい、と言っても天国のそれではなく、閻魔が好むお菓子のような甘い香りも一緒に連れて行かれた部屋の空気は冷えていて、匂いも普段慣れている執務室周辺のそれだった。乱雑な部屋の中央を陣取る寝台はものも言わず、本来の主であるかのように居座っている。昨夜そこで激しく愛し合ったのだと、そんな名残さえ感じさせない。
ちらと掠めた視界の端には、相変わらずよく分からない物体を吐き出す緑の光がぼんやり浮かんでいる。
窓から少し遠くに見える入口近くの照明が、かろうじてこの部屋はあの窓の下と違うのだと鬼男へ教えていたが、それでも頼りにするには儚すぎる光であった。
何故そんなことを。
鬼男は内心の重い塊を吐き出すかのように、もう一度ため息をつく。
とは言え、この閻魔大王が「死」に関する言葉を口にするのは、何も今が初めてだと言う訳ではなかった。
否、むしろ頻度としては高い方に入るかも知れない。ただそれを幾ら言葉にしようと実行しようと、怪我をすれば再生してしまう閻魔のからだでは到底不可能であり、単なる「ないものねだり」なのだと、鬼男はそう思っていた。
つい先ほどまでは。
「うん、でも本気なんだ」
閻魔がそんなことを言うまでは。
鬼男は思わず閻魔の方へ視線を向ける。窓枠へ器用に座る閻魔は、確かにその気を起こせばそのまま落ちていくことも不可能ではないところにいるし、その黒い瞳はどこまでも遠くを眺めていて、心などここにはないと言わんばかりだ。
ごめんね鬼男くん。そう謝る声も死を決意した者のそれで、鬼男は思わず窓べりにおかれた閻魔の手へ己のそれを重ねていた。
自身とは違う熱を感じたらしい閻魔が鬼男の方を見る。視線をゆっくり落とす。そして重ねられた手を見ると、わぉ、と妙な声をあげた。
「鬼男くんが珍しくデレた」
「っ、ふざけないでください」
「それはさっきの君がデレたって発言に対して?それとも俺が死にたいって言ってる件に対して?」
「両方です」
閻魔の手は、先程起きぬけのまま素足を置いた大理石の冷たさそのものだった。
白くて骨ばっていて、伸ばした爪の赤い色ばかりがてらりとぬめっているように見えるその手へ、祈るように褐色の健康的な手を重ねる。握りたいとばかりに指を絡めようとする。
……だが、それは本当に祈るためだったろうか?
閻魔が何処にも行かないようにと、彼の初めて見せてくれた本心ごとこの場へ縛るために握ったと言われても、鬼男はそれを否定などできない。できようはずもない。
窓べりを掴んで支えるその指を、紛れもなくこの手は求めているのだ。意味があるのかもわからないまま、ただどうしようもない不安に任せて。
寒い。
自分の声が閻魔に聞こえない場所で…内側で、そう呟くのを鬼男は聞いた。
凍えそうだ。
しかしそれは恐らく、部屋の寒さだけではないのだろう。
その原因が分かっていてなお、鬼男は重ね合った手をじっと見つめたまま離すことはなかった。
「んー、珍しくデレたってのはふざけすぎたね、ごめんごめん。鬼男くんはいつも俺と二人きりの時にはデレてくれるもんね。いわゆるツンデレってやつ。あ、でも太子から聞いた話だと妹ちゃんの方がツンデレ黄金比なんだってねー」
「……」
「あ、知ってる鬼男くん?ツンデレって三パターンあってさ、最初は敵対的だったのが次第にデレてくパターンと、普段はツンってしてるけど特定の人物の前だけデレデレしちゃうのと、好意をもった相手にデレを見せないあまのじゃくがそうなんだって。鬼男くんは絶対二番目のパターンだよね。なんせ俺とこうして二人っきりの時はもうデレッデレ」
「大王」
身勝手に笑う閻魔の言葉を断ち、鬼男は俯いていた顔をあげる。静かに笑う閻魔と目線が合い、思わず彷徨わせた瞳には、細く白い喉仏が入ってきた。
「大王」
もう一度、名前を呼ぶ。縋るように。
子どもみたいに君は…と閻魔の顔に苦笑いが浮かんだ。
「……最近、さ。夢を見るんだ」
「ゆ、め?」
「そう。夢」
夢の中は何も変わらないんだよ。
眠れない子どもへ、しょうがないなと微笑みながら童話を読んでやるような穏やかな口調。到底そんな気持ちになれるはずもなく、鬼男は黙ったまま続きを促した。
握れない手を、しっかりと握ったままで。





夢の中は、何も変わらないんだよ。何も変わらない。
執務室へ続く欄干も変わらないし、地獄と天国の境にあるこの場所の灰色で味気ない地面の色もそうだし、天気も……あぁ、天気はいつも吹雪いてるかな、夢の中は。
けどそれ以外はいつも君と一緒にいる執務室や閻魔庁とこれっぽっちも変わらないんだよ。ちゃんと門番の牛頭くん馬頭くんは立ってるし、天国の方に行ったら、前も君会ったと思うけど太子や妹ちゃんと会って話もできるんだ。これ夢なの?って疑うくらい、精巧にできたまがいものの世界だったよ。夢は。

そうなんだよ。その世界には君がいない。君だけがいない。
“俺”はいつものように起きだす。いつものように支度をして、部屋を出る。門番の牛頭くん達に挨拶して、執務室へ入る。開廷まで時間があるからと椅子で遊んだり読みもしない書類を机に広げてみる。
その世界は欠けてる。君が欠けてる。
それなのに世界は君の不在を嘆かない。
“俺”はその世界の中で、やっぱり同じように、君の不在をなんとも思わない。
君は始めからいなかったことになってる。けど、誰もかれも、もちろんその世界で暮らす“俺”も、それをおかしいと思わない。

その世界と“俺”を、現実の……今こうして夢の話をしてる俺が、まるでスクリーンに映し出された映画を観賞してるかのように見てるんだ。
その映画は何度も繰り返される。上映の終了ってもんがないんだよ。
俺は早く終わってくれって思ってる。見たくない、こんなものは見たくないって。
けど目を閉じることも逸らすこともできなくて、眼球が乾いても強制的に、それこそ文字どおり「焼き付ける」かのように見せられ続けてるんだ。
朝起きる。支度する。部屋を出る。牛頭と馬頭に挨拶する。執務室に入る。開廷まで暇を持て余す。開廷する。裁きが始まる。一人で杓を振る。亡者を天国か地獄に振り分ける。一人で振り分ける。休憩時間になる。一人でお茶を淹れに行く。戻る。裁きが再開される。一人で多くの亡者を振り分ける。振り分ける。振り分ける。一人で。疲れたからと閉廷する。部屋に戻る。一人で。そして寝間着に着換えてでかいベッドで眠る。一人で。
一人で。
一人で。
上映中に何度も一人でと強調されて頭の奥が痛むんだ。乾いた目がじくじく痛くて涙が出てくる。それでも視界はクリアなままで映像が潰れるわけでもなくて、繰り返される。

それが何度か続いて、ようやく目を閉じるのが許されて、泣くのが許されて。
だから思い切り、不愉快な映像を見せられ続けてたまりにたまったものを吐き出そうとして、ふと、涙が全然流れないことに気づくんだ。
声も出ない。
胸の奥は相変わらず重くていがいがしてるのに、それを吐き出すことができない。
目を開けたら相変わらず映像が流れてる。目を閉じたら真っ暗で、何も見えない。
ただ共通してるのは、映像の中にも外にも、君がいない。探し出そうとしても、もう無駄だって、“俺”も俺も理解してしまっている。
俺には君と生きていく未来も、君と生きてきた過去もないんだ、って。絶望して。
けどそれが絶望なのかすらわからないまま、君のいない日常の上映会を、俺は見てるんだ。ずっと。ずっと。

ただその、君との過去も未来もないって事実だけが宙ぶらりん状態のまま、目が覚めるのを待ってる。
目が覚めて、君の姿を見たいと思ってる。
君に触れたい。君を感じたい。この夢は正夢なんかじゃないって証明してほしい。
そんなことを考えてるんだよ。
夢の中でね。





語り終えた閻魔は、少し疲れたような笑みを口元に浮かべる。ただ、その顔には憂いも痛みも、悲しみさえもなく、語り始める時と同じ穏やかさを保ったままだった。
「……最近は、もしかしたらいずれ、この上映会が本物になるのかも知れないって、思うんだ。君に何度触れても、何度声を聞いても、言葉を、情を交わしても俺の中に君はいない。あの夢に君は出てきてくれない。“俺”のところだけでなく、たすけてと声も出せない俺のところにも」
窓枠から手を離した閻魔の手が、求めへ応じたかのように鬼男の指を絡めた。
鬼男は思わず閻魔を見つめた。
何が映っているのか見当もつかないくらいに深い瞳の中、普段では想像できないくらいに不安げな顔をした鬼男がさかさまになって映っている。
だが、閻魔は鬼男を見ていない。ただ静かに、当たり前のように、いつものように微笑んだまま。
必死に絡める指の感覚がなくなっていくのを感じる。それでもそれ以上どうすればいいかわからないままで、鬼男はぎゅっとその手を握った。
そうする己の手さえ、未だ足から寒さを這い上がらせる大理石のように冷たかった。
鬼男は握った手をそのまま、俯く額へ押し当てる。手指の感覚はとうの昔に消えているというのに、からだはかえって熱を持っていた。
心臓がどくんどくんと早鐘を打つ。その喧しさすら、漂う静寂にかき消されていく。
ただの夢でしょう、と笑い飛ばすことができれば。
そんな先のことなんか分からないのにと、呆れた顔で辛辣に吐き捨ててやれるのならば。
僕はあなたの傍にいます、夢なんか関係ないです、あなたの傍にいます。と。確約できない言葉で慰めることが叶うのならば。
声にならない声が代わりに鬼男の内側で反響する。
或いは、何かが。
「鬼男くん」
呼ぶ声に、肩が震える。
おそるおそる顔をあげた先の閻魔は、相変わらず穏やかな顔をしていた。
ただその顔は、先程まで貼り付けていたそれではなく、どちらかと言うといつものように「しょうがない子だね」と苦笑いしているそれに近くて、日常のそれではないにも関わらずほんの少しでも安堵した自分を鬼男は確かに感じた。
「……本気、なんですよね。しにたいって」
その安堵を、自ら崩しにかかった。
何も変わらないのだ。自分ばかりが安堵しても。
「うん」
閻魔は静かに頷く。「本気だよ」
「それで、本気だとして、大王は」
「うん」
「だいおう、は」
喉に言葉が絡みつく。問いたいことは山とあるはずなのに、全く出てこない。
無理矢理鉄の塊でも呑み込まされたように、胸の奥は重く、握った手は震えていた。
「俺は死にたい」
必死に縋る指が解れて、灰色の双眸が不安に揺らぐ。
そのまま離れてしまうのではないか、虚空へとそのからだを連れていくのではないか。
そう危惧した閻魔の手はしかし、そっと鬼男の頬へ伸びた。
「けど、今は死なないよ。今は」
今は。
その、いずれはいなくなるのだと言う確約は、鬼男の目の前を暗くする。
早く言葉を紡がないと。
縋って、弱音を吐いて、いかないでと。
そんなものでなくてもいいから、なんでもいいから。
そうしないといずれこの手は離れてしまう。
閻魔大王だから死なないだなんてそんなこと誰が決めたのだと、彼ならば本当に死んでしまうことだってできるに違いないのだから止めなくてはと、警鐘が鳴る。
それでも、言葉は出ない。口さえも開かない。
水の満たされたカプセルに閉じ込められているようで、息が苦しいのに、溜め息すらつけない。
黙ったままでいいはずはない。
言葉は出ない。
「……死んだらそれきりだよね、鬼男くん」
ふと、薄氷を踏み割るような閻魔の声がした。
硬直の解除を許された全身が弛緩する。内側の重さも熱さも願いも気持ちも祈りも、全てを表へ出す様に、鬼男は深く溜め息をついた。
「だったら」
「何故そう思うのか、聞きたい?」
ついでに零れた言葉を拾い上げられる。返ってきたそれがそのまま自分の問いたいことだったからか、鬼男はこくりとひとつ、頷いた。
その姿を映す目を、閻魔はそっと細める。
綺麗に。
「俺は死ねないよ。この通り、閻魔大王サマだから。どんなに傷ついても、どんなに臓腑を焼かれても、目を抉られても、頭をかち割られても。けど、俺は死にたい。死にたいんだよ。死んだらそれきりなのは、俺も一緒だよ。そりゃからだは幾らでも再生がきくさ。けど、ここは」
鬼男の頬を撫でていた手を拳銃のような形にして、閻魔は心臓の位置を示す。
「死んだら、それきり」
発砲するように手が跳ねる。
「それでも何故そう思うのか、鬼男くんはそれが知りたいんだよね?」
そのまま、ゆっくりと手を下ろし。
「簡単なことだよ」
一滴の血も流れないままで、黒い目はゆっくりと細くなった。
憂いを帯びて。
「くだらないって、君は思うかもしれないけど、聞いてくれるよね」
今度は歌うように、言葉が続いた。
「……俺の血肉を与えてるからもう輪廻は君を拾いやしない。それは君にも話したし、君はそれを受け入れてくれて、そんなことをしたのに俺のことを今こうして好きでいてくれてる。一緒にいてくれてる。こういう話をしたときに顔を曇らせてくれる」
「けどそれでいつまで君を縛っていられるか、正直のところ俺には分からないんだ。今までそんなことしてないからね」
「俺が朽ちるまでとそう言ったけど、もしかしたらいつか、俺の血肉の鎖から解放された君は輪廻に乗せてもらえるかも知れない。解放されるなんて確信はないよ。そんな保障もしたくない」
「その、もしかしたらって時がきたら」
「君がこの場所で、時間の亡骸で作ったこの場所で“死ぬ”時が来たならば」



「俺も死ぬ」



「ただしこの俺に死ぬのは許されてないんだ。君も知ってるだろうけど、俺のからだは何度でも再生する。俺自身が滅びるならそれは生きもの全部が、それこそ草木の一本に至るまで俺という存在を忘却した時に他ならないけど、さっきも言ったようにこころだけは俺の自由なんだよ。俺が俺の意思で生死を決められる唯一が、これ」
「だから、生きてる間君と一緒にいることすら許されないと、この世界が俺たちを拒否するなら」
「独りになるくらいなら、俺は君のあとを追って、君の記憶と心中するよ。世界がほしがってるのは俺じゃなくて閻魔大王サマなんだから良いんだよ。君だっていなくなってるんだから、君が悲しむことすらない」
「俺は君と一緒に生きたい」
「君と一緒に逝きたい」
「他のことでワガママ言うな黙れって言われたら黙るよ。セーラーについてとか、仕事についてとか。けど、君と生きたい逝きたいってくらいは、ワガママ言ってもいいでしょう……?」
閻魔はどこまでも穏やかに笑っている。
たとえ鬼男がその考えを否定したところで、この孤独な王の考えは変わらない。
(ああ)
それを確信た胸が同じ穏やかさを抱いた瞬間、鬼男は酷い眩暈を覚えた。
否。これは眩暈でなく、陶酔するほどの幸福感だ。
好きの意味を知らない閻魔が、鬼男の後追いをしたいと自ら言うほどに好いてくれるのだという、幸福感。
平等たる存在と宿命づけられた閻魔を、独り占めにしてしまえるという幸福感。
(泣きたい)
そこまで閻魔を追い詰めたのは鬼男だ。
その、唯一閻魔が己の中で自由を持てるこころごと。
許されない強烈な背徳感と同時に覚えた眩暈のような幸福感に、瞼の裏がじわりと熱くなった。
「……大王…」
だらりと下がる手を、引き寄せて。
力の入っていない指を絡めて。
二つの手で一つ、願いのかたちを作り上げる。
「僕も、大王と一緒に」
どうか愛する人と共に生かせてくださいと。
「いっしょ、に……」
どうか愛する人と共に逝かせてくださいと。
何度も繰り返される絶望の夢に、ひとり佇む閻魔のために。
閻魔がそれをワガママだと言うならば、自分はもっとワガママだ。そう、鬼男は思う。
一緒に生きたい。
傍にいてほしい。
これからも。
この先も。
最期の最期まで。
一緒に逝きたい。
ひとりにしないでほしい。
ずっと。
ずっと。
世界が終っても。
何もかもなくなっても。
一緒に。
いっしょに。
「鬼男くん、泣かないで」
「…え…?」
すとんと身軽に窓枠から床に降り立つ閻魔の姿が霞んで初めて、鬼男は自分が泣いているのだと気付いた。
子どものように泣きじゃくる自分を見られたくなくて涙を拭うのに、止まる気配はいっこうにない。
……ふと、傍に近づいた優しさにそっと、弛緩するからだが抱きしめられる。
その、少し低い体温に全てを任せ、鬼男はゆっくりと、目を閉じた。
隠れてしまった瞼の奥、美しい灰の瞳から溢れる涙を感じたまま、閻魔もまた目を閉じる。










――やっと二人一緒になれたね。鬼男くん。
 

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 プロフィール 
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文月 零架(フミツキ レイカ)
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女性
職業:
心意気は小学生
趣味:
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自己紹介:
日和の天国組とTOVのユーリさんが好きなあらゆる意味で変態な物体X
本名はフォルデモンド・アエーネス・REIKA・97779・ネフェルタリー
これを略すると「零架」になります
(※大嘘)

文を書いたり本を読んだりが大好き。
ちょっとしたことですぐ凹む、豆腐より脆いハートです←
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名前だけで私のすべてを表してくれているような同盟。
長編を歪みなく書ける人は本当にすごいと思います。

小説書きたいんですけどね。同盟
ものぐさには大変ありがたい主張にございます。
ちゃんと更新できる人を尊敬します。

オチムズイズム
オチって何ですか。←
ラストがたまにどうしようもなくなります。

突発作品削除宣言
削除と言うかリメイクと言うか……。
いちおう宣言させてください。

シリアス日和同盟
基本的にここにギャグ要素の日和作品は少ないです
ご了承いただければと思います

「腐女子対象」宣言同盟
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