オレの名前は閻魔。鬼男君に拾ってもらった黒猫です。
生まれは何処か覚えてないんだけど、最後にある記憶っていったら下水道の方のカビ臭さと濡れて寒かった体くらいじゃなかろうか。まぁんなことはどうでもいいんだけど。
今日は鬼男君がいつもより早めに帰るかも、なんて言うから、忠犬宜しく玄関の前で待ってたりしてます。うーん、我ながらなんて飼い主思い!(犬ほどじゃないけどね)
いつもは鬼男君、大学が忙しいとか何とかですごく帰りが遅いから、オレも太子のとこに遊びに行ったりとか夜の散歩を楽しんだりするんだけど、今日だけは待っててあげるのです。
とは言え、窓からの夕陽がオレを誘うんだよねぇ……出ておいでーって感じで。
しかしそういう訳にはいかん!今日こそはお帰りーってやったげるのが人情(猫情?)ってもんでしょ。拾ってもらって今日まで、まともにお出迎えした記憶がないわけだし。
と言う訳で、今日は太子が誘って来ても絶対に待つぞー。
「……」
と、そんな事を考えた矢先に鍵をがちゃがちゃと回す音が聞こえた。
鬼男君かな?と、耳を動かしてみる。うん、きっと鬼男君だ。
泥棒…だったら思いきり引っ掻いてやればいい。
「……」
かちゃり、と扉が開く。やっぱり鬼男君だった。重そうな真っ黒いショルダーとか、縦じまのシャツとか暗い色のジーンズとか、全部オレが朝に見た鬼男君そのものだし。
「鬼男くーん、おっかえりぃ!」
なので早速おかえりーと手を広げてみる。ほーら喜べ鬼男君、いつもこの時間はお散歩中なオレがお出迎えしましたよー!
「……」
ってあれ?無視?
いつもならただいまくらいは言うのに、今日に限ってなーんにも言いやしない。
ははん、さては鬼男君、オレに気づいてないな?もしくはいつも散歩に出てるオレを探しにベランダに行ったのかも知れない。どちらにせよ面白いから、見つからないようについていって脅かすとしますか。
と、そこまでは良かった。そこまでは。
オレがどんな風に鬼男君を脅かしてやろうかなんてわくわくしながらリビングに踏み入った。それがいけなかった。
いや、いけなくはないんだけど。わくわくした気分を保つには、いけなかったって言うべきか。
だって鬼男君、リビングに倒れてたんだもの。
「っええええ!?ちょ、鬼男君冗談でしょ?冗談だよね!オレが普段いっつも散歩出てるからって何もそんな……」
多分ひきつってるんだろう笑みを浮かべながら、鬼男君の顔を見るように回り込んでみる。
鬼男君は、真っ赤な顔をして目を閉じていた。苦しそうに眉を寄せたりなんかして、ぜぃぜぃと、いつも聞く事のないような息遣いをしてた。
「お、おにお…くん…?」
ぺとりとおでこに手を当てたら、肉球がじわっとするくらいに熱かった。
え、何これ。もしかしてもしかしなくても、これ……。
「風邪、ってやつ?」
……。
ちょ、どどどうしようどうしたらいいの!?とりあえずえっと、まずは体を冷やさなきゃいけないんだっけ?おかゆが先だっけ?寝かせるのが一番いいんだっけ?わかんないんだけど!
「いや、待て待て落ち着けオレ。落ち着こう。冷静になって考えるんだ」
倒れてる鬼男君の周りをうろうろしながら、今後どうしようか考えてみる。
本当はそんな余裕ないのかも知れないけど、まずは考えなきゃ。だってオレは人間じゃないんだもの。
「鬼男君……」
もう一度、鬼男君の顔を覗きこんでみる。
ああ、相変わらず苦しそうにしちゃって。せっかくの綺麗な金色の髪も張りついちゃってる。本当につらそうだよね……。
どうしたらいい、かな。
そんな風にひとりでぽつーんとなってたら、いきなりの大音量がオレの耳をびくってさせた。音は鬼男君のポケットから聞こえてくる。何かは分からないけど、とりあえず引っ張り出してみなきゃ。
と、思うのだけど、このジーンズの野郎がなかなか強情で、鬼男君のポケットの中でなってるソレをなかなか手放してくれやしない。音がうるさすぎて頭がガンガンする。うううちくしょー。
それでもぐいぐい引っ張ったら、ようやっとジーンズの野郎は諦めてくれた。けど、その代わり音も鳴るのをやめてしまっていた。意味ねー!
でもコレには見覚えがあった。そう、確か太子だったと思うんだけど、これは人間がお互いに連絡を取り合う時に使う電話の持ち運びができる形らしい。何だっけ、名前は忘れた。
何だか画面に色々書いてあるけど、よくわかんないから適当にボタンを押してみる。オレだって、鬼男君がコレ使うの見てたから、全然知らないわけじゃないんだし。
「とは言え……コレでどうすりゃいいんかねぇ」
むむむ、と思案。
電話をかけられるってのは知ってるしその方法も知ってるはず、なんだけど、こういう時に限って何も浮かばない。
せめて傍に誰かいればなぁ……。
「と、いない人の事を話してもしょーがないしとにかく……」
と、何か言いかけたところでまた大演奏が始まって、オレは思わずソレから離れてしまっていた。
やべーよ何コレ。絶対オレのつやつやな尻尾が膨らんでるよ全くもう。
「えっと、これ、かかってきたんだよね?」
太子が教えてくれている。コレがやかましく鳴ってる時は、誰かからかかってきたんだと。
いや別にオレも知ってるけどね?ただオレはあんまりそういうのを見てないから慣れてないだけで。
きっと太子の飼い主さんは毎日よく電話するんだろう。鬼男君は何やらコレの上で指を動かしてるくらいしかしてないから、かかってきた時にどうすりゃいいのかはよく分からない。
と、そんな事より!誰かからかかってきたなら、もしかしたら鬼男君の事を伝えられるかも知れない。
誰でもいいから、鬼男君のこと看てあげてよ。オレにはそんなことできないんだ。
ソレのボタンを適当に押してみる。音楽が止まった。
『……鬼男?さっき出なかったようですけど、何か用事でしたか?』
続いてオレが聞いた事のない声がする。えっと、確かこういうときは。
「もしもし!ちょっと聞いて、誰でもいいから!鬼男君が風邪ひいてて、すごい熱なんだよ!だから来てよ!」
『鬼男?』
「そうだよ、鬼男君が倒れてるんだよ!」
『……猫のいたずら?変ですね。鬼男は猫に携帯を触らせないって聞いたのですが』
「そんなことどうでもいいから来いっての!聞いてんのかこのやろー!」
『ちょっと用事があるので、今から向かいますね。では』
ぶつっ。
そんな音を残して、あっさりと向こう側の声は消えてしまった。あとは虚しい音が響くばっかりで、もうあの声はしない。
「んだよ、役立たず」
ムカついたのでソレを蹴ったら余計に虚しくなって、やっぱりぐるぐるとオレは回った。
芭蕉さんが「風邪の人は頭を冷やせばいい」なんて言ってたのを思い出すけど、いったい何で冷やせばいいんだろう。布?
「そっか。冷やさなきゃ」
声の主はアテになんか出来ないし、何もできないとか言う前にやろう。オレはとりあえず、枕に貰ってたちっちゃなタオルを持って、いつも鬼男君が立ってるダイニングへ足を運んだ。
そこにはオレのために水をいつも鬼男君が用意してくれてる。本当はもうちょっと冷たい方がいいんだけどオレじゃ届かないし、悪いとは思いながらオレはその水に布を浸した。
あとは戻って。
……戻って、どう冷やせばいいんだっけ。まぁいいや、戻ってとにかく冷やせばいいんだ。
水を含んだ布ってのは存外重くて息が切れるけど、それより鬼男君のが絶対に辛いに決まってるんだから、これくらいどってことはない。
「鬼男君!鬼男君、冷たいの持ってきたよ。すぐに冷やしてあげるからね」
ずりずりと布を引っ張る。引っ張って、頭の上に乗せる。鬼男君の髪が濡れて、前髪の方に水が垂れてきた。これで少しは冷えたはずなんだけど。
「ね、鬼男君冷えたでしょ。起きて」
呼びかける。だけどやっぱり、返事はぜぃぜぃって息遣いだった。
「起きてよ、ねえ」
返事がない。
「……どうすりゃいいのさ」
オレは鬼男君を見ながら、ぽつんって、そこにいるしかできなかった。
*その後のおはなし*(会話のみ)
「……」
「鬼男、気が付きましたか?」
「…あ…河合……?」
「そうです」
「……僕、いったい…ってなんでこんなぐしょ濡れなんだ?!」
「貴方の携帯にかけたら、猫が出たようですよ。やたらニャーニャーと必死に鳴いてたので来てみたら、貴方は濡れタオルを頭にのせたまま倒れてました」
「猫が?」
「はい。……先程よりはマシになったようですが、まだ熱が引き切っていないので。少し身の周りの事をしてから僕は帰りますね」
「悪い……」
「それは僕より貴方の飼い猫に言ってはどうです?今はそこで丸くなって寝てますよ」
「……」
「では、お粥を作ってきます。病人なんですから、動きまわらないように」
「……大王?」
「……」
「大王、聞こえてます?」
「……」
「ありがとうございます。おかげで、少しは楽になりましたよ」
「……」
「元気になったら、今度こそちゃんとただいまって言いますから」
「……うん。早く元気になってよね」
「はい」
***
やっぱりこれ鬼男でやるべきじゃないかと書きながら考えてみた。
でも熱だしてぜぃぜぃ言ってる鬼男君が書きたかったんだ……!(変態?褒め言葉だ!
閻魔が「携帯」の名前を知らなかったのは、鬼男君が一切触らせなかったからです。
そういう事にしてあげてください……orz
ここまで読んでくださりありがとうございました!
何かむしろ遣隋使組を獣医にして後は犬猫でいいんじゃないかとか考えてる管理人の腐った脳を誰か直してください(無理)
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